

富士山麓・御殿場で毎年5月に開催されるキャンプフェス「ACO CHiLL CAMP」は、音楽・スポーツ・ものづくり体験を家族で満喫できる静岡発の地域密着型イベント。今年で11回目の開催を迎え、参加企業や来場者との協働を通じて“地域の魅力を発信する場”へと成長しています。今回の記事では、立ち上げから運営を担う田近義博さんに、初回からワークショップ出展を続ける本橋テープの大石卓哉がインタビュー。フェス誕生の舞台裏とコラボレーションが生む可能性について話を聞きました。


田近義博さん
1979年、静岡県御殿場市生まれ。リージョンポート合同会社 代表。東京エアトラベル専門学校を卒業後、旅行会社や広告代理店に勤務。31歳で独立し、2011年に地元・御殿場へ戻る。広告事業をはじめ、音楽フェス「ACO CHiLL CAMP」の主催・運営や、トレイルランニングイベント「Mt.FUJI 100」の共同代表を務めるなど、多岐にわたる地域プロジェクトも手がける。
大石卓哉
1981年、静岡県島田市生まれ。本橋テープ株式会社 営業部クリエイティブ課マイスター。2008年に同社へ入社。部品メーカーの枠を越えた完成品の開発・販売に挑戦し、業界に先駆けてBtoC市場への展開を切り拓く。“本橋テープ”というブランドを体現する存在として、企業とのコラボレーションや対外的なコミュニケーションを担う。
地元静岡の発展を願って


大石:私たち本橋テープも当初からワークショップ出展をさせていただいているACO CHiLL CAMP(以下アコチル)の運営を担っている田近さんとは、初回開催の時からの仲なので付き合いはかれこれ12年ほど。これまでにもたくさんの思い出がありますが、イベントについて触れる前に、まずは改めて田近さんは普段どんなお仕事をしているのか教えていただけますか?
田近:御殿場を拠点に「リージョンポート」という会社を運営していて、広告やプロデュースを中心に、イベントやWEBサイトの企画・制作・運営、グッズ制作、地域活性化事業などを手がけています。社員は地元の若い人たちで、フリーランスの方々のハブとしても機能してきています。
大石:さまざまな地域で活動されていますが、やはり「地域活性化」も大きなテーマなんですね。
田近:最初は「地域となにかやっていこう」「地元をもっとかっこよくできたら」という軽やかな気持ちでした。でも地元に根を張って関わるうちに、さまざまな課題が見えてきて……。今も「地域を元気にしたい」という思いは変わりませんが、それをビジネスとして成り立たせる難しさは常に感じています。


大石:田近さんは高校卒業後は東京に出られて、そしてUターンという形で今の事業をされたんですよね?
田近:そうです。高校までは御殿場で育ちましたが、高校時代のアメリカ渡航を機に、海外を舞台に仕事がしたいと思うようになり、旅行業界を目指しました。東京の専門学校を卒業後、旅行会社に就職し、営業部門での法人営業や海外赴任も経験しました。その後は、より大きな規模の仕事を求めてカード会社に転職し、さらに広告代理店へ。さまざまな業種に携わるなかで、「30歳までに電車通勤をやめたい」と思うようになり、それを機に独立を決めました。
ちょうど独立した頃は良性腫瘍の手術や東日本大震災も重なり「今、本当にやりたいことに向き合おう」と思っていた時期。一年ほどかけていろんな場所に行って人に会って事業の計画を練っていたのですが、あるとき帰省して、富士山という資源があるのに活気がない現状に衝撃を受けたんです。そこから、自分の経験を生かして地域に貢献できることをやろうと決めたのが、今の活動につながっています。
さまざまな体験を届けるフェス


大石:御殿場で事業を始めてわずか2年ほどでアコチルをはじめられましたが、どういった経緯で始まったのですか?
田近:広告代理店時代の縁で、群馬のみなかみで行われている「New Acoustic Camp(NAC)」の協賛企業の友人に「御殿場でもフェスをやりたい」と相談したところ、「NACチームも新会場を探している」という話がでてきて。すぐに連絡を取り、候補地や図面を共有したのが始まりです。
大石:そのアコチル開催の一報に飛びついたうちのひとりが僕で、窓口から問い合わせてたどり着いたのが田近さんだったんですよね。私も個人的にNACには遊びに行ってて、素敵なフェスだから本橋テープとしてもなにか絡めないかなと思っていたんです。そんな時に、地元静岡でアコチルが行われるということで嬉しくなっちゃって。熱いメッセージを綴った覚えがあります(笑)。


田近:NACはみなかみでやっていますが、アコチルは御殿場が舞台。全国レベルのイベントですが、自分としては地元を盛り上げたいという思いが強くあり、静岡の企業とも一緒にやっていきたいという気持ちも大きかったですね。それにアコチルのコンセプトは“ファミリーで楽しめるフェス”。子どもたちにさまざまな体験をしてもらい、将来の夢のきっかけにしてもらえたらと思っているんです。そういう意味でも、本橋テープのようなモノづくり企業のワークショップは、ナショナル企業やクラフト作家とはまた違った学びや刺激を提供できるので、ぜひ一緒にやりたいと思いました。


大石:本橋テープは初回からお付き合いさせていただいており、三回目から協賛しているよしみもあって出させていただいているのかなと思うんですが、他のワークショップや出展にあたってはどういう基準を儲けてるんですか? こういう大型の体験型フェスとなると結構出展希望者も多いと思うのですが。
田近:フェスの核となるミュージシャンやパフォーマーのブッキングから、アスリートやその道のプロの技に間近で触れられる体験型コンテンツ、子どもも大人も楽しめるワークショップ、そして飲食出店まで、どれも事務局主導で選ばせていただいています。
ワークショップでも毎年相当数の出展希望の問い合わせがくるのですが、今は枠がいっぱいで出展相談をお断りしている状態です。また、企業PRがメインとなる出展もご遠慮いただいていて、なによりも「子どもたちになにかしらの体験を提供できるか」を優先し、想いのある出展者の方にご協力いただいています。


大石:アコチルはナショナル企業や全国のローカル企業が集まっている一方で、地元静岡のワークショップやフード出店も多い印象があります。
田近:はい、当初から地元活性化は大きなテーマでした。でも、「地元だから無条件でOK」というスタンスではなくて。イベントを立ち上げる際にも、地元のお店から「出店したい」と声をいただくことは多かったのですが、私たちがやりたかったのは、地元向けではなく、地元に全国から人を呼び込むような開かれたイベント。だからこそ、自己満足で終わらない、誰が来ても楽しめるクオリティは常に意識しています。
本橋テープのワークショップの歩み


田近:本橋テープさんは初回から皆勤賞。しかも毎回、違うアイテムのワークショップをやってくださっていて、毎年来場される方も新鮮な気持ちで楽しんでもらえていると思います。うちの子どもも大好きで、家に作品がいくつも並んでいますよ。
大石:私たちも回を重ねるごとに成長させていただきました(笑)。初回は、社内イベントでのワークショップ経験をベースにある程度の準備はしていたんですが、正直「町工場のブースにどこまで人が来てくれるかな?」と半信半疑だったんです。でも予想以上の反響があって驚きました。
また、初回は編み上げて作るエコバッグを用意したのですが、完成までに1時間ほどかかってしまって……。そこからは、10〜15分ほどで作れるアイテムにブラッシュアップしてきたんです。
田近:個人的には、本橋テープさんのワークショップって仕事の本質が感じ取れると思っています。部材を作るメーカーだからこそ、モノをどう活かすかというのをすごく感じられます。それってやっぱり自らが品質管理をしているからこそ。モノを作っているメーカーとモノを届けるサプライヤーとでは、やはりアプローチが違うなと感心させられています。


大石:これまでにワークショップで提供してきたアイテムというと、コインケースやサコッシュ、お猪口ホルダーやポテトチップスホルダーなど。アイデアを考えるのには毎回試行錯誤をしているのですが、自分たちでモノを作っている分自由度は高いように感じています。
ワークショップの裏テーマは「作ってすぐに使って楽しめるモノ」。普段はBtoBの仕事が中心なので、エンドユーザーの喜ぶ姿が見られるのは、とても貴重でうれしい体験です。中には、過去のアイテムを身につけてまた来てくれる方もいらっしゃるんです。


田近:一見すると真面目な会社のように見えて、実は缶詰ホルダーとか予想外のクスッと笑えるモノが用意されている。ちょっと笑える感じが、フェスの楽しい雰囲気とマッチしてますよね。
一升瓶ホルダー制作秘話


大石:大人も子どもも楽しめるキャンプフェスにふさわしいモノをと、毎回頭をひねっています。そうして参加するたびに、私たちとしても新しい発想ができているのですが、その流れで「一升瓶ホルダー」という、ウチのヒットアイテムも生まれたりしたんです。
毎年参加しているうちに、NACの発起人であり、アコチルにも毎回出演されているBRAHMANのTOSHI-LOWさんとお話する機会がありまして。ご本人はお酒好きなので、毎年お酒を差し入れしていたのですが、あるとき、両手に瓶を持っていてファンサービスがしづらそうだったんですよ。それで「手ぶらでお酒を持ち運べたら便利じゃないか」と思い、一升瓶ホルダーを作ってプレゼントしたんです。
その場がちょっと盛り上がればいいかな、くらいの軽い気持ちだったんですが、思いのほか気に入っていただけて。イベントの終わりには改良点までフィードバックをいただき、これはちゃんと形にしようと使命感に駆られて、商品化しました。


田近:あれはある意味、スタッフキャンプサイトが荒れるきっかけにもなった危険な逸品でもありました(笑)。でも、こういう繋がりから新しい動きが生まれる土壌が、もしかしたらあるのかもしれませんね。
アコチルではステージ前にフェンスを設けていなくて、アーティストとオーディエンスの間に境界をつくらないようにしているし、アーティスト自身も、出番以外の時間をイベント内で自由に楽しんでいる。そうしたアコチル独特の空気感が、自然とコラボレーションを生み出しているのかも。
大石:確かによい意味でゆるくて、企業として参加している私たちも型にはまらずに楽しませてもらっています。アーティストエリアに、自社で作ったハンモックチェアを置かせてもらったりして。次はどんなアイテムで驚かせようか、と考えるのも毎回楽しいです。
広がるコラボレーションの輪


田近:アコチルに限らず、ウチの会社で引き受けている案件に関しては、ゼロイチで一緒に価値を生み出していくということが多くて、協力をしながら進めていくということがほとんど。特に広告関係の仕事で「お金を出すから、あとは任せた」というスタンスの案件は基本的に受けていません。
だって、すでにあるものを僕たちの力だけで売れるようにできるなら、極端な話、僕らが自腹を切ってやればいいことになってしまう。でも現実はそうじゃない。やはりクライアントと一緒に動き、対話を重ねながら進めていくことで、はじめて意味のある成果につながると思っています。


大石:田近さんがおっしゃるように、自分たちの企業だけで考えていることの枠を超えるには、どこかと手を組むという方法は良いんだと思います。メーカーとしても誰かと組むことで新しい視点や発想が生まれるし、面白いテーマがあれば、それに合わせて柔軟にアイデアが湧いてきます。
相手と対話することで方向性がクリアになって、結果的にユーザーのニーズにも応えられる。よいモノづくりには、そうした過程が欠かせない気がしますね。
田近:最近、アコチルの会場近くにできた新しい酒蔵のディレクションを担当していて、そこのショップで本橋テープさんの一升瓶ホルダーを扱わせてもらっています。
いわゆる「コラボ」ではありませんが、地元・静岡の魅力を掛け合わせることで、新しい価値が生まれていくと感じています。優れたモノは自然と広がっていくはずですし、相乗効果で地域全体がより盛り上がっていけば嬉しいですね。


アコチルのご縁で、最近は音楽関係の方からお声がかかって、秋にローンチ予定の新しいプロジェクトも現在進行中。こうしてコラボレーションの輪が広がることで、本橋テープとしても“メーカー”の枠を越えた可能性を実感しています。
田近さん含め多くの方の思いが詰まった「ACO CHiLL CAMP」は毎年5月中旬に開催。私たちも新しいアイデアを持って、来年また会場で皆さんとお会いできることを楽しみにしています。